世間並みの幸せなんて無理な話だった

いちばん暗い夜明け前にうたうブログ 走っても走っても私の夜が明けない(椎名林檎に非ず) ※別名義のツイッターアカウントはhttps://mobile.twitter.com/sigure_aki (主に短歌をつくっています)

漫画『累』 〜美醜と妄執の彼方へ〜


どうも、やはりまともに生きるには何かが足りない、そもそも人間に向いていない節のある網野はいとがお送りします「読むラジオ」です。

来世はなにがいいでしょうね?

さて、今日もお付き合いいただけますか?

 

『たとえあなたが眠る間だけだとしても』
『私もあなたになりたいの』
講談社累 -かさね-』第1巻から引用)

 

このセリフは、講談社、イブニングにて連載中の漫画『累 -かさね-』1巻からの引用です。

『累』という漫画、とにかく面白い。
そしてダルちゃんと同じく、刺さる刺さる。


※これ以降、少しばかり漫画の内容に触れます。
ネタバレというほどの内容ではありませんが、予備知識を入れたくない方はお帰りください。


醜く生まれついた主人公、淵 累(ふち かさね)は、その容姿ゆえに虐げられて育ちます。
主人公の母は女優。
淵 透世(ふち すけよ)という名の彼女は有名な女優でしたが、物語開始時点では故人となっています。
もちろん、女優というからにはそれなり以上に美しい人でした。
母と子の美醜の対比も相俟って、累は辛い日々を過ごしていました。

 

しかしある日、累は思い出します。
「母の口紅を使って、なりたい顔のひとにくちづけすれば貌を奪えるのだ」と。
累は口紅と、母譲りの演技力を武器に歩み始めるのですが……。

 

さて、あらすじは、概ね今お話ししたとおりです。
この作品は「累ヶ淵」がモチーフになっていますが、それはあくまでモチーフです。
メインの題には演劇を取り、舞台に立つ累や他の登場人物を透かし見て、美醜と妄執の彼方を描く物語だと、私は思っています。

 

眠っている女性にくちづけて貌を奪うシーンは「白雪姫」「眠り姫」を彷彿とさせつつ、
それによって目覚めるのは童話とは違い、姫本人ではなく、貌の簒奪者である「中身が累の新たな怪物」です。
美しい貌を手に入れた累は、元々あった美への渇望ゆえに、姫本人よりも美しく変貌し輝きを増して行きます。

 

累は唇を、嘘を、罪を「かさね」続け、
また累自身、他の登場人物から亡き人の面影を「かさね」られています。

 

劇中で取り上げられる「かもめ」「マクベス」などの内容と漫画の展開はリンクし、
幾重にも、重層的に、ミルフィーユのように様々なイメージが「かさなり」、入り乱れ、弾ける、そんな贅沢な作品になっています。

 

本歌取り、イメージの連鎖が好きな人にはたまらない作品なのではないでしょうか。
私は好きです。

 

そして何より、この作品では美しい者は「これでもか」というほど美麗に描写されます。
累2巻の登場人物である丹沢ニナの顔を借り、街へ繰り出した累の美しさときたら惚れ惚れとしてしまうほど。
街の人々も、思わず微笑みかけるほどの美しさであると、作中では描写されています。
しかし対照的に、累の顔で街を歩いたニナは、周囲の反応に愕然とします。
指をさされ、笑われ、気味悪がられ避けられて……と。

 

さて、私は、女性(であると自ら意識している人々)には多かれ少なかれ、美醜コンプレックスの要素があると思っています。少しばかり言い過ぎかもしれませんが……。
ただ、女性に生まれた場合、小さい頃から否応無しに、その容貌については他者からの評価に晒されて育つことになります。
覚えがあるでしょう?
「あの子より、この子の方がかわいい」
「お姉ちゃんは美人なのにねえ」
なんて、無神経な評価を、内心したことが。
逆に、されたことがあるかもしれませんね。

 

皮肉なことに、自らの顔を、自分の眼で眺めることは叶いません。
常に他者からの視線には晒され続けるにも関わらず。

 

自らの美醜についての意識は、他者からの反応によってかたちづくられる、と言っても過言ではないかもしれません。

時代によって移り変わる「美」の概念に、私たちは、どれだけ苦しめられれば良いのでしょうね。

(※源氏物語の末摘花は、その描写から推察するに、おそらく現代であれば美女だったのではないか、という説があります。美の基準なんて、それほど儚く変貌するものなのですが。)

「美」の基準を内面化した私たちは、 その周囲で踊り続けることを強要されます。

 

美醜とは何なのか?
私も、あのひとみたいな顔になりたい……。

 

そんなことを一度でも考えたことのあるあなたに。
美醜に苦しめられるあらゆる人々に。
女性に、男性に、自らの性別が曖昧な方に、あまねくすべての人々にお薦めします。

 

絵柄が綺麗で目の保養になりますし、構成も巧みです。既刊通し読みなら更に、読み応え満点ですよ。

 

さて、本日はウイスキー掛けのバニラアイスをいただきながらお送りしました。
音声情報がないのでお許しください。邪道かもしれませんが、結構合うんですよ。

 

おそらく、女優としての意識が高く努力を惜しまない累ちゃんなら、こんな時間にアイスクリームもウイスキーも嗜まないのでしょうけれど、などと思いつつ。

 

それではおやすみなさい。
良き痛み止めがあなたと共にありますように。